松原泰道先生は禅宗(臨済宗)の高僧として多くの人に、生きることの喜びと楽しさを伝えてくれたかけがえのない人でした。先生は、早稲田大学文学部を卒業し、岐阜県の瑞龍寺で修業したのち、臨済宗妙心寺の教学部長などを務められました。1972年、65歳の時に書いた『般若心経入門』はミリオンセラーになり、第一次仏教書ブームをつくったと言われています。この本は先生の処女作で、65歳という年齢もさることながら、素晴らしい創作意欲に多くの人が共感されたと思います。石原慎太郎氏は松原先生の本の推薦を書いたり、個人的にも仏教の薫陶をうけたと思われます。「生涯一書生」をモットーに清貧に、丁寧に人生を送り、2009年に、102歳でご逝去されました。(1907年~2009年)。

若い編集者にも決して偉ぶることなく、謙虚そのものでした。原稿用紙にそれこそ流麗な筆致で一文字一文字を埋めてくれてたことを、昨日のように思い出します。一冊の本にしたら、400字詰めで250枚~300枚はあったかと思います。私も若い頃から、先生の晩年まで10冊近くの本を担当し、先生の形骸に接してきました。編集者冥利に尽きます。

 さて、版元(PHP研究所)さんから先生のご遺族に承認をいただき、今年の3月に『人生百年を生ききる』が電子書籍として、復刻したいという連絡がありました。2004年の文庫本の電子化ですから、16年は経過しています。こうした復刻本も出版界でも珍しいケースかもしれません。先生亡きあとも需要があるのでしょうね。電子書籍も今では多く出ており、また新しい読者の新規開拓につながってゆけば、泉下の先生もきっと喜ばれると思い、私も同意しました。電子なので書棚を占拠することもなく、これからの時代には便利かと思います。もちろん、本をめくる手触りのようなリアル感は正直ありませんが、紙の本と、ものによっては電子本を併用してゆく時代になってゆくと思います。

 閑話休題。じつは、87歳の時に、先生から「日々初心」という色紙を書いていただき、今でも書棚に入れて、目につくようにしています。この言葉も先生が好きな言葉の一つだと思いますが、文は人なりで、先生は最後までこの精神を貫かれていました。日々初心に戻れるからこそ、人はいつまでも若くいられ、自分を鼓舞できるのではないかと私は勝手に解釈しています。古希を迎える私の杖言葉にもなっています。

 3月に出る電子書籍も、今のような「人生百歳時代」がまだ人口に膾炙されていない時代です。その先見の明にはいつも、驚き、刺激を受けます。内容を少々抜粋すると、「何事も遅すぎるということはない。ただ、志気があるかないかということです」「他者との関りなしでは人は生きられないということを自覚し、親子・夫婦・友人の縁にたいして、常に感謝の気持ちを持つ」「与えられた生存期間を精一杯生ききる、と決心する」等など、このコロナ禍を強く、しなやかに生ききる心構えのような言葉を残してくれました。ありがとうございます、と色紙に向かってしばし合掌、心の中に先生がいるお陰で私も日々、老いに対しての不安や楽しみを教えていただいております。

 

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