中学教頭も務める

 會津八一が早稲田大学文学部教授となる前に、早稲田中学高校で教鞭をとり、同校の教頭も務めていた。その時、生徒だった「私」の目を通して描かれているのが「鳩の橋」という小説である。

 筆者である小笠原 忠氏はやはり、早稲田大学文学部を卒業して小説家となるが、彼の中学時代の八一教頭との係わり、そして教頭先生の教育方針などを中学生の目から見て、あるときは少し批判的に、でも全体としては、尊敬のまなざしで、教頭先生との関係を深めていく姿を描いたものだ。

 この「鳩の橋」は今から、半世紀以上前の1965年に発表され、その年の芥川賞候補になったが、好評価は得られず、その時の芥川賞には、余談になるが、これも早稲田大学文学部卒の高井有一氏の「北の河」が受賞しているのである。

 さて、鳩の橋で、會津八一先生は、教頭として「修身」の授業を受け持つのだが、「修身」の教科書は一度も開いてそれを教えようとはしない。ウイリアム・テルなど海外の作家の作品を読み聞かせる。優等生の組長が「先生はなぜ、修身の授業をしてくれないのですか」と質問したのに対し、「大馬鹿もの」と切って捨て、退学を言い渡す。そんな激しいところを見せる。

 退学を言い渡された優等生は、もちろん退学にはならず、しかも夏休みに八一先生から丁寧な手紙をもらい先生のことが大好きになる。先生の手紙には「修身を教えられるのは神様か仏様だけである。欠点だらけの自分には修身などというものを教える資格はないと思っている」といった内容だった。

 作者の目からは、若き日の八一先生が、本当にまじめに生徒たちのことを考え、先生独特の教え方で人生やこれからの生き方を示していたこと、そうしたやさしさの一方で、ちょっとしたことで癇癪を起して放言をする、そんな姿が的確に描かれていると感じた。(すた)

小説鳩の橋
            【小説「鳩の橋」小笠原 忠 著】